(1)マウス体性感覚系をモデルとした神経活動依存的回路発達の研究
人格の形成に子ども時代の生育環境が重要な働きをすることはよく知られています。また,子どものある一定の時期に特定の言語に触れることによってその言語を母国語として獲得できますが,大人になってから外国語を習得することは難しいことを私たちは経験的に知っています。すなわち脳が正常に発達するためには,子どもの時期に適切な刺激を受けることが必要なのです。子どもの脳が外部からの刺激を受けて発達する仕組みと,そうした仕組みが異常になれば大人での脳機能にどのような影響を及ぼすかはまだほとんど未解明の課題です。それを明らかにすることを目標に,本研究室では,マウスの体性感覚系を用いて研究をしています。
なぜマウスの体性感覚系を用いるのか?
動物は、いわゆる五感とよばれる様々な感覚によって、自分の周囲の世界を認識していますが、それぞれの感覚の重要度は動物によって異なります。ヒトやネコなどにとっては視覚が最も重要な感覚ですが、マウスやラットなどの齧歯類は夜行性であるため、視覚は貧弱です。かわりに嗅覚とともにヒゲからの体性感覚が非常に鋭敏であり、ヒトが目に頼るのと同様にヒゲに頼って生活しています。それに対応して,マウスやラットでは体性感覚野は大脳皮質の大きな面積を占め,高度に発達しているのです。
さらに,マウスやラットの体性感覚野の優れているのは,ヒゲからの入力を大脳皮質に伝える神経回路がヒゲからの刺激を受けて発達する様子が,組織学的に検出できるという驚くべき特長をもっていることです。この組織学的構造は「バレル」とよばれますが,これを解析することにより,脳の神経回路が発達する過程を詳細に解析することが可能となります。
どのように研究するのか?
私達の研究の一つの特徴は,最先端のマウス遺伝学(発生工学)の手法を自ら開発しながら解析を行っていることです。作製した遺伝子変異マウスは,これまで組織学や分子生物学の手法を主に用いて解析し,様々なレベルでのバレル形成異常を見つけてきました。
また、最近はイメージングにも力をいれており、新生仔の大脳皮質においてバレルが形成される過程をin vivoイメージングすることに世界ではじめて成功しました。今後はイメージングをさらに推進し、マウス遺伝学と組み合わせることにより、統合的に解析を進めていきたいと考えています。マウスのバレル回路が形成される仕組みを深く理解することによって,ヒトの赤ん坊の脳の中で環境刺激の影響を受けながら神経回路が発達する分子・細胞機構の理解に貢献することが期待されます。