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(2)神経回路の発達と機能におけるαキメリンの役割

1個の神経細胞から伸びた軸索とよばれる細長い突起が別の神経細胞の樹状突起と呼ばれる太くて短い突起にあるスパインとよばれる刺とシナプスを介して結合したものが、神経回路の基本単位です。したがって、神経回路形成を理解するためには、軸索や樹状突起(スパイン)の形の変化の制御メカニズムを理解することが必要となります。そのような観点から、軸索や樹状突起(スパイン)の形を作るアクチン細胞骨格を制御するRhoファミリーGタンパク質は、神経回路形成では重要な位置づけにあります。しかしながら、神経回路形成においてRhoファミリーがどのように制御されているかに関しては多くのことが謎のままです。私たちは、αキメリンという分子を起点として、この問題に取り組んでいます。αキメリンは、Rhoファミリーの一つであるRacを不活化するRac特異的GAPと呼ばれる種類のタンパク質です。

主な研究成果
Katori et al., J. Neurosci. (2017) 関連資料
Iwata et al., J. Neurosci. (2015) 関連資料
Iwata et al., Cell Rep. (2014) 関連資料 関連資料
Iwasato et al., Cell (2007) 関連資料
脳の高次機能の発達におけるα2キメリンの役割

神経回路発達におけるαキメリンの機能をin vivoで調べるために、各種のαキメリン変異マウスを作成しました。

大学院生(当時)の岩田くんは、各種のαキメリン変異マウスを徹底的に解析する中で、αキメリンのα2イソフォーム(α2キメリン)がないマウスではある種の記憶がよくなっていることを見つけました。これが面白いのは、子供の時期にα2キメリンの遺伝子をノックアウトすると記憶がよくなりますが、おとなになってからノックアウトしても記憶力は変わらないということです。つまり、発達期にα2キメリンが働いて回路形成を制御することによって、脳機能を適度なレベルに保つと考えられます。

研究の発端
私たちは左右の手で異なった動きをしたり、左右の足を交互に出して歩いたりすることができます。こうした一見当たり前のようなことも、左半身と右半身の運動を制御する神経回路が、脊髄の左右で分離しているからこそ可能なのです。左右の神経回路の混線を防ぐ仕組みに、エフリンとEphという2種類の膜タンパク質の相互作用が必要であることは知られていましたが、エフリン-Ephシグナルがどのような下流の伝達機構を介して機能するかについては未解明でした。われわれは、“ミッフィー”変異マウスの発見という幸運をきっかけに、αキメリンという蛋白質がその謎を解く重要な鍵を握っていることを突き止めました。

ミッフィー変異マウスを発見
本研究は、理研BSI内での井上治久先生、高橋良輔先生との共同研究の中から、ウサギのように左右の足をそろえて跳ねるマウスが発見されるという偶然の幸運から始まりました。この劣性変異を「ミッフィー」変異と名付け新規突然変異系統として確立しました。

ミッフィー変異マウスでの神経回路形成の異常を発見
片側の大脳皮質運動野に順行性トレーサーを注入し,脊髄まで伸びる皮質-脊髄路軸索の走行を解析しました。野生型マウスでは、これらの神経軸索は延髄で正中線(体を左右に分ける面)を越え、反対側の脊髄に入ります。その後脊髄背側の白質を下行し順次灰白質に入りますが、脊髄内で左右が再交叉して混線することはありません。一方、ミッフィー変異マウスでも、延髄での左右交叉は正常でしたが、その後脊髄灰白質において多くの軸索が正中線を再び越えて同側に戻ってきて、左右混線していることがわかりました。 歩行を制御する神経回路として、中枢パターン発生器とよばれる脊髄内の局所回路も重要です。トレーサーを脊髄の片側に注入する実験で、この局所回路でもミッフィー変異マウスでは交叉してはいけない軸索が交叉して左右混線していることを見つけました。すなわち、手足の動きを制御する二つの主要な神経回路が左右混線していたわけです。

ミッフィー変異の原因遺伝子(αキメリン遺伝子)を発見
ポジショナルクローニングを行い、ミッフィー変異マウスの染色体では「αキメリン」という蛋白質をコードする遺伝子がトランスポゾン挿入によって壊れていることを見つけました。さらに,αキメリンのトランスジェニックマウスを作製し、それを用いてミッフィー変異マウスにαキメリンを発現させると歩き方が大幅に改善しました。また,αキメリン遺伝子欠損マウスを作製し、ミッフィー変異マウスと同様の歩行異常、回路異常を示すことを見つけました。これらの結果により、αキメリン欠損がミッフィー変異の原因であると結論づけることに成功しました。

αキメリンが運動系神経回路形成を制御する仕組みを解明
αキメリンは、RacというRhoファミリーGタンパク質に特異的な不活化因子であることが知られていましたが、その生体での機能は不明でした。では,αキメリンは回路形成にどのように関与するのでしょうか? 詳細は省略しますが,京都大学との共同研究を通して行った生化学など一連の解析により,「脊髄の正中線において、エフリン-Ephシグナルが、αキメリンを介して、軸索伸長のアクセル役であるRacの働きを抑制することによって、左右の神経回路混線を防いでいる」ことを明らかにすることに成功しました。