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岩里 琢治<Iwasato, Takuji>

 

国立遺伝学研究所 神経回路構築研究室 教授
国立大学法人 総合研究大学院大学(総研大) 遺伝学専攻 教授

経 歴

1963年(昭和38年)京都府に生まれる。京都教育大学附属高等学校卒業

京都大学理学部時代(1983-1987)
数学を勉強するために理学部に入学するも,軽い気持ちで入った馬術部にはまってしまう。部室に住み込み学生生活の(最低限の勉強以外)すべてを馬に捧げ,4回生では主将を任される。生物への興味が強まり,2回生から生物系に転向。馬糞まみれの服装のまま講義や実習に出てひんしゅくをかう。

京都大学大学院理学研究科 生物物理学専攻 修士課程時代(1987-1989)
馬の世話に明け暮れて勉強が遅れていたため院浪を覚悟するが,馬術部活動が評価されたのか,めでたく現役合格。分子生物学研究室(小関治男教授)にて山岸秀夫先生に師事し,免疫系のT細胞抗原受容体V(D)J組換えの研究を行う。体力で勝負することをこころがける。 馬術部では選手を続け,修士2年の秋,名馬フリースタイル号とともに京都府代表として国体成年総合馬術に出場。馬に助けられ3位入賞を勝ち取り京都府馬術連盟への義理を果たす。

京都大学大学院理学研究科 生物物理学専攻 博士課程時代(1989-1992)
医学部の本庶佑先生,清水章先生との共同研究として免疫グロブリン遺伝子のクラススイッチ組換えの環状DNA解析を行う。運にも恵まれ生涯ではじめての第一著者論文が憧れのCell誌に掲載される。一方,実力を伴わない実績に強いプレッシャーを感じる。1992年3月,学位取得:京都大学博士(理学)。後に,当時の仕事が「Molecular Biology of the Cell」など一流の教科書に取り上げられていることを知り,感激する。 博士(後期)課程の3年間,馬術部への恩返しのつもりで監督を務めるが,逆に多くのことを学ぶ。大勢のすばらしい後輩達や馬達と濃密な時間を共有できたことは大きな財産となる。

京都大学大学院理学研究科 学術振興会特別研究員(1991-1993)
1992年,京都大学で利根川進先生のαCaMKIIノックアウトマウスの記憶研究に関するセミナーを聞く機会があり,動物個体の行動を分子レベルで解き明かそうという大胆な研究に,感銘を受けると同時に将来性を感じる。大胆(無謀)にも,分野を免疫学から神経科学へと大きく変えることを決意する。

マサチューセッツ工科大学(MIT)利根川進研究室時代(1993-1998)
利根川研では,神経科学研究を目的として参加した最初のポスドクとなる。初めての海外旅行がいきなりのアメリカ移住,しかも,英語がさっぱりで周りに多大な迷惑をかける。アメリカ生活および神経遺伝学研究のスタートにあたっては,饗場(篤)さん(現,神戸大),笹岡(俊邦)さん(現,基生研)をはじめ多くの人達に助けていただく。また,ヒューマンフロンティアプログラムと上原記念財団には経済的なサポートをいただき感謝。体性感覚系の発達期可塑性におけるNMDA受容体の役割の研究を行う。自分自身で約100系統のトランスジェニックマウスを作製するが,思うとおりのマウスがなかなか得られず苦労し,奨学金の返済猶予期限を越えてしまう。最後は,極貧生活に耐えながら,根性と気合いで論文をNeuronに押し込む。ビザが切れるぎりぎりで冷や汗。利根川研では,プロジェクトのすべてを自分自身で主体的に動かす楽しみを学ぶ。また,利根川先生の細部にまでこだわる研究への真摯な姿勢を見ることができたのも勉強になる。

理化学研究所 脳科学総合研究センター(BSI)時代(1998-2008)
糸原重美先生に誘っていただき,設立間もない理研BSIに研究員(2003年7月からは副チームリーダー)として参加する。バレル形成機構の未解決問題に最先端の遺伝学的手法を導入し取り組む。帰国後着想して始めたプロジェクトが一気に開花し,アドレナリンが噴出する感覚を経験する。しかし,やがてアメリカのグループとの厳しい競合が判明し,緊張の中寝る間を惜しんで実験をする。正々堂々とした勝負の末,めでたく勝利。論文はNature誌に掲載される。ただ,スピードが速すぎたためか,利根川研で始めた研究だと多くの人に誤解される。素晴らしい環境と共同研究者のお陰でその後も研究は順調に進展し,現在に至る。 理研の高橋良輔先生,井上治久先生(現,京大医学部)との共同研究の中で,両足をそろえてウサギのような歩き方をする新規突然変異マウス(ミッフィー変異マウス)が偶然発見される。軽い興味でサイドプロジェクトとして始めた解析がどんどん面白くなり,どきどきして眠れない日々を再び経験する。全精力を傾け,また,京都大学の根岸学先生,加藤裕教先生,石川幸雄先生,産総研の西丸広史先生(現,筑波大),糸原研の斉藤芳和氏,安藤れい子さん,岩間瑞穂さんら素晴らしい共同研究者に恵まれ,完成度の高い論文に仕上がる。しかも,再び憧れのCell誌に最注目論文(featured article)として掲載され大いに満足する。アメリカ,ドイツ,香港の3グループの猛追を受けるが,質と速さで付け入る隙を与えず。 2001年12月から2005年3月は,科学技術振興機構さきがけ研究21「認識と形成」の研究者を兼務。 2008年10月からは,国立遺伝学研究所教授。多くのことと同じく,研究には天の時,地の利も大切だが,最も大切なのは人の和と思う。私自身,大学院で体育会の部活動を続けたり,大学院卒業後に研究分野を大きく変えたり,30代半ばにして大学正規ポストではなく(当時日本社会ではまだ認知されていなかった)任期付きポストを選んだりと,定石から外れた進路選択を繰り返してきた。それにもかかわらず未だに第一線で研究できる幸運に恵まれているのは,すべての場所で周りの人達に恵まれ支えていただけたお陰と感謝している。三島での新しい出会いの中で研究がどのような展開を見せるか,5年後,10年後を楽しみにし,日々精進したい。(2008年9月記)